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【調べてみた】AI営業メール、送った先で何が起きているか

AI営業メール メール自動化 Gmail Gemini 営業AI コールドメール

個人の自由研究として、AI営業メールの「送った先で何が起きているか」を調べてみました。

いま、営業メールの世界では奇妙なことが起きている。

Salesforceの調査(2026年2月、22カ国4,050人)によると、87%の営業組織がAIを使っている。最も多い用途のひとつがメール作成。日本でも、AIを営業に使っている人の**56.85%**が「メール・提案文の作成」に使っているという(Hammock調査、2025年7月、n=1,000)。

一方で、コールドメールの平均返信率は3.43%(Instantly 2026年ベンチマーク、数十億通の分析)。2019年には8.5%あった返信率が、半分以下にまで落ちている。

みんながAIでメールを書くようになったのに、返信は減っている。

69件超のソースを集めて送る側・受ける側・規制の3方向から調べてみたら、その理由が見えてきた。送る側がAIでメールを大量に書き、受ける側のAIがそれを静かに埋没させている。人間の受信トレイでは、何も起きていない。

この記事でやったこと

  • 調査対象: AI営業メールの送信実態、受信側AIフィルタの仕組み、法規制の動向、日本の現場
  • 参照した情報: 学術論文(Columbia大学/シカゴ大学AIスパム共同研究、ACM国際会議AI検出論文)、法律事務所の分析(Perkins Coie、Cooley、Seyfarth Shaw等)、調査報道(TechCrunch 11x/Artisan調査)、プラットフォーム公式情報(Google公式ブログ、Microsoft、Apple)、ベンチマーク調査(Instantly、Backlinko 1,200万通分析)、メディア記事(東洋経済、KDDI)、note.com体験記、日本語調査(東京商工リサーチ n=6,645、Hammock n=1,000)
  • ソース総数: 69件超(英語45件超、日本語15件)※前6記事+定点観測の調査を含む累計は430件超
  • 調査日: 2026-02-23
  • 補足: メール配信プラットフォーム(Instantly、Folderly等)のデータは、自社ツールの有用性を示す方向にバイアスがかかりやすい。本記事では学術論文・調査報道・法規制情報・受信者側の体験記など、ベンダーの自己申告ではないソースを意識的に集めている
  • 関連記事: 【調べてみた】営業AI「導入したのに使われない」問題 — 営業AI全般の「使われない」構造を扱っている
  • 関連記事: 【調べてみた】営業AIエージェント、「自動で売れる」の期待と現実 — AIエージェントが営業プロセス全体を自動化する構想と、83%が動いていない現実

まず: 数字で見る「メールはどこへ消えているか」

返信率の推移を並べると、下降トレンドが鮮明に出る。

コールドメール返信率出典
2019年8.5%Backlinko(1,200万通分析)
2023年7.0%Martal Group
2024年5.1%Martal Group
2026年3.43%(平均)/ 上位は10.7%超Instantly(数十億通分析)

開封率も下がっている。2023年の約36%から、2024年には27.7%へ。ただし、この数字自体が怪しい。後述するが、開封率の73%はAppleのプライバシー保護機能によるボットのアクセスで、人間が開いた数字ではない

そしてもっと不気味な数字がある。

何が起きているか割合出典
メールがどこにも届かない(バウンスでもスパムでもなく消失)6.4%MailSoar
正当なメールが受信箱に入らない16.9%MailSoar
コールドメールがそもそも受信箱に到達しない17%Martal Group
1件の商談を取るのに必要なタッチ数18回(数年前は5-7回)Martal Group / Sales So

6.4%のメールは受信箱にもスパムフォルダにも入らず、完全に消えている。送った側には何のエラーも返ってこない。

この「静かな消失」の正体を理解するには、受信側で何が起きているかを見る必要がある。


送る側の軍拡: AIでメールを大量に書く

まず、送る側の状況を整理する。

AIの登場で、営業メールの作成コストは劇的に下がった。日本のCLF Partners社の試算では、1通の営業メール作成時間が30分から1-2分に短縮される。AI経営総合研究所の報告では、SaaS企業がAI最適化メールで返信率1.8倍を達成した例もある。

だから、みんなが大量に送るようになった。

データ出典
1日に送信されるメール総数: 3,764億通(2025年)→ 2027年に4,080億通へSaneBox
63%のマーケターがAIでメール送信量を増やしているClean.email
営業のAI活用率: 24%(2023年)→ 43%(2024年) — 1年で倍増Salesforce
ビジネスパーソンは1日平均121通の業務メールを受信SaneBox
70%がメールを職場ストレスの最大要因と回答SaneBox

全員がAIでメールを書き、全員の受信箱が溢れている。Columbia大学とシカゴ大学の共同研究(Barracuda Networks協力、2025年6月)は、スパムメールの51%がすでにAI生成だと報告した。2022年11月(ChatGPT公開)以降、着実に上昇してきた割合が、2025年4月時点で過半数を超えた。

AI生成メールは文法的に正確で、フォーマルで、言語的に洗練されている — つまり、従来のスパムフィルタの「文法が壊れている」という手がかりが使えなくなっている。

ベンダーが約束したこととの落差

AI営業メールの世界では、大型の資金調達を受けたベンダーが華々しい看板を掲げてきた。その後に何が起きたかを見ると、構造的な問題が浮かび上がる。

11x — a16zとBenchmarkから7,600万ドル調達。TechCrunchの調査報道(2025年3月)で、顧客でない企業のロゴを無断でウェブサイトに掲載していたことが発覚。ZoomInfoが1ヶ月のトライアルを実施した結果は「自社のSDR社員より著しく劣っていた」。にもかかわらず11xはZoomInfoを顧客として宣伝し続け、トライアル利用者を年間契約として計上してARRを4倍に見せかけていた。初期顧客の70-80%が離脱。ZoomInfoの弁護士は「欺瞞的商慣行、商標侵害」で法的措置を示唆した。

Artisan — 2,500万ドル調達。サンフランシスコに「Stop Hiring Humans(人間を雇うな)」の看板を設置。市民に落書きされた。CEOは「初期のAI新規開拓ツール(AI SDR)は返信率がかなり低い」「解約率が比較的高い」と認めている。製品は買いシグナルも購買タイミングも考慮せず、データベースからリードを引っ張って送りつける「数打ちゃ当たる式」。2025年末、LinkedInからアカウントをBANされた(スパム・自動化の規約違反の疑い)。2週間の交渉で復活したが、その後もスローガンを「Stop Hiring Humans… For Work They Hate」に軟化させた。

AiSDR — 月額2,500ドル。G2レビューより: 「2週間で停止した。返信ゼロ、ターゲティングのロジックが見えない」。別のSaaS創業者: 「月2,500ドル払って、メッセージのコントロールも効かず、リードの質も低かった」。

これらは個別の失敗ではなく、構造の問題。量を増やせば成果が出るという前提が、受信側の変化によって崩れている。


受ける側の静かな反撃: AIでメールを埋没させる

ここからが核心。送る側がAIで軍拡する一方で、受ける側もAIで武装している。しかも受ける側の方が構造的に有利。

Gmail Geminiの6層防御

2026年1月、Googleは「Gmailがジェミニ時代に入る」と公式発表した。Gmail の受信トレイは、もはや「届いたメールを上から順に表示する場所」ではない。AIが「このメールはこの人の注意に値するか?」を判定してから表示する場所になった。

営業メールが受信者に届くまでに通過しなければならない防御は、6層ある。

第1層: 門前払い(SMTP拒否)

2024年2月、GoogleとYahooは大量送信者(1日5,000通以上)に対し、SPF・DKIM・DMARC認証を義務化した。2024年11月からは、未準拠のメールを「一時エラー」ではなく完全拒否に格上げ。2025年5月、Microsoftも同様の措置に参加。苦情率(受信者がスパム報告する割合)は0.1%未満が推奨。0.3%を超えるとブロック対象になる。

スパムトラップに1通でも引っかかると、到達率が50%下がることもある。

第2層: AIスパムフィルタ

Googleが2023年末に導入した新しいスパム検出AI(RETVec)は、スパム検出率を38%向上させ、誤検出を19.4%削減した。100以上の言語に対応し、意図的なスペルミスや文字の偽装も検出する。Gmailは1日あたり150億通の不要メールをブロックしている。

AI生成メールが文法的に正確になったことで、逆にAIフィルタも「正確で整ったメール」を疑うようになっている。

第3層: タブ振り分け(「プロモーション」タブの罠)

Gmailは受信メールをPrimary、Social、Promotions、Updates、Forumsの5つのタブに分類する。2025年3月以降、この分類は時系列ではなくAIの関連性判定で行われるようになった。

営業メールがPromotionsタブに振り分けられると、開封率は約30%下がる。しかもPromotionsタブは2025年9月のアップデートで新着順ではなく関連度順に表示されるようになった。普段やり取りのない送信元のメールは、タブの奥底に沈む。

さらに厄介なのは、同じ送信者からの同じメールが、受信者によって違うタブに入ること。受信者ごとのやり取り履歴をAIが参照しているため、Aさんには Primaryに入るメールが、Bさんには Promotionsに振り分けられる。送る側からは予測不能。

第4層: AI優先度判定(Geminiの「注目に値するか」フィルタ)

Gmail Gemini は受信トレイ内でさらに優先度を判定する。よくメールをやり取りする相手、連絡先に登録された人、メール内容から推定される関係性をもとに、VIP検出を行う。重要でないと判定されたメールは、受信箱の中にあっても事実上見えない。

ある配信プラットフォームの分析では、受信トレイに到達したメールのうち最大40%がAIによって優先度を下げられているという。

第5層: ユーザーのAIアシスタント

Superhuman(月額40ドルのメールクライアント)は、受信メールに自動ラベルを付ける。ラベルの1つが**「cold pitches(営業メール)」。そして営業メールを自動的にアーカイブ**する機能がある。CEOは「1人あたり1日数百通がクリアされる」と述べている。

オープンソースの「Inbox Zero」(GitHub公開)は、営業メールの自動フィルタ・自動アーカイブ・返信下書きを提供する。Shortwave は「受信箱ゼロまでの時間を半分にする」AIメールクライアント。

これらのツールは、受信者が意識的にAIを使って営業メールを排除することを意味する。

第6層: AI要約による読み飛ばし

Gmail Gemini は受信メールのAI要約を表示する。受信者はメール本文を開かずに内容を把握できる。ある分析では、Gemini導入後にクリック率が4.35%から3.93%に下がった。AIが要約してくれるので、メール本文を開く必要がなくなった — つまり、開封率やクリック率という指標自体が「人間がメールを読んだ」ことを意味しなくなっている。

そして開封率の73%はボットだった

Apple Mail のプライバシー保護機能(Mail Privacy Protection、MPP)は、メール内のトラッキングピクセルを自動で読み込む。ある調査では、ピクセル発火イベントの73.11%がAppleのプライバシープロキシ経由だった。MPPの普及率はApple Mailユーザーの95%超。

つまり、送信側が見ている「開封率40%」の大半は、人間が開いたのではなく、Appleのボットが自動的に読み込んだだけ。実際の開封率は、表示されている数字より18ポイントほど低い可能性がある。

6層を通過できるメールはどれだけあるか

整理すると、こうなる。

  1. 門前払い(認証不備で拒否)
  2. スパムフィルタ(AIが検出して排除)
  3. タブ振り分け(Promotionsに入って開封率-30%)
  4. AI優先度下げ(受信箱内で最大40%が埋没)
  5. ユーザーのAIが自動アーカイブ
  6. AI要約で本文を読まれない

どの層でも、メールはバウンスしない。送信側には「届いた」と表示される。開封率すらボットで水増しされている。 送信側のダッシュボードは「問題なし」と言っているが、人間の目にはたどり着いていない。

これが「静かな埋没」の正体。


AI vs AI: 人間の受信トレイでは何も起きていない

ここまでの話を一歩引いて見ると、こういう構図が浮かび上がる。

送る側のAI: メールを大量に生成 → ドメインの事前暖機を自動化 → スパムフィルタ回避を監視 → 文面のA/Bテストを繰り返す

受ける側のAI: 意味のないメールをフィルタ → タブを振り分け → 優先度を判定 → 営業メールを自動アーカイブ → 要約を表示して本文を読ませない

送るAIが送信側の仕事をし、受けるAIが受信側の仕事をしている。両方ともAIが仕事をして、人間は不在

しかも受ける側が構造的に有利。受ける側は受信者のやり取り履歴を全部持っている。送る側は推測するしかない。受ける側は受信箱を制御している。送る側は入口でお願いするしかない。スパムの51%がAI生成になったことで、受信側のAIフィルタは**「AI生成のメールをどう検出するか」を大量のAI生成メールで学習している**。つまり、送るAIが増えるほど、受けるAIの精度が上がる。

日本でも、この構図はすでに始まっている。ある技術者が「AI営業メール撃退AIエージェント」をn8nとGmailで作ったという記事がnote.comで公開されている(2025年6月)。構築時間は約30分。受信するAI営業メールのパターンを自動検出し、処理する。「AIにはAIを」。

The AI Journal の分析が指摘するように、AI同士が同じ訓練データで学習し、同じようなプロンプトで動いている結果、生成される営業メールは均質化している。みんなが同じAIで書いたメールは、みんな同じに見える。「均質化は記憶に残ることの敵であり、記憶に残ることはブランド構築の土台である」。


日本語の営業メール、AIだと「バレる」理由

日本市場には、英語圏にはない固有の問題がある。

「拝啓 ご清栄のこと」問題

KDDIの解説記事(2025年4月)が具体例を挙げている。AIに日本語の営業メールを書かせると、こうなりがち。

AI: 「拝啓 ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。」

人間: 「お世話になっております。」

AI: 「この件につきまして、ご対応のほど何卒よろしくお願い申し上げます。」

人間: 「この件について、ご対応をお願いします。」

AIは過剰に丁寧な敬語を使いたがる。現代のビジネスメールで「拝啓」から始める人はほぼいない。「何卒よろしくお願い申し上げます」を毎回使う人も少ない。AIが生成する日本語は、誰も使っていないレベルの格式張った表現になりやすく、受け取った側は「あ、これAIだな」と気づく。

受け取る側の反応: 「業務妨害だ!」

東洋経済オンライン(2025年4月、横山信弘氏)は、AI営業メールに対する中小企業経営者の怒りを報じている。

AIを使った問い合わせフォーム営業サービスは「1日最大120件のフォーム投稿」を謳っているが、受け取る側では3つの問題が起きている。

  1. 問い合わせフォームが本当の顧客の問い合わせで使えなくなる
  2. 対応にスタッフのリソースが奪われる
  3. 業務が妨害される

ある中小企業の社長は「これは営業じゃない!業務妨害だ!」と語った。

98%ブロック: 受信側の対策

ある企業は、AI営業メールによるフォーム投稿を40件から1件に削減(98%ブロック)する対策を講じた(note.com、2025年5月)。最近のAI営業ツールはreCAPTCHAも突破できるようになっているが、別の方法で防衛している。

日本はまだ「始まったばかり」の段階

東京商工リサーチの調査(2025年8月、n=6,645)によれば、日本企業で生成AIを積極活用しているのは25.2%。50.9%は「まだ決めていない」。大企業と中堅企業の間にも差がある(43.3% vs 23.4%)。最大の障壁は「専門人材の不足」(55.1%)。

つまり日本は、英語圏で起きている「AI営業メールの洪水 → 受信側AIの防御強化 → 返信率崩壊」のサイクルの入口にいる。Hammockの調査(n=1,000)では、AIを営業に使っている人の56.85%がメール作成に使っているが、営業全体のAI利用率は26.5%にとどまる。

先行する英語圏の「それ、やっても返信こないですよ」データを今の時点で知っておくことに意味がある。


規制の包囲網: 送れなくなる未来も見えてきた

AI営業メールを取り巻く規制は、3つの層で動いている。

第1層: プラットフォームの事実上の規制(もう動いている)

Google、Yahoo、Microsoftによる送信インフラ規制は、法律ではないが法律と同等の効果がある。

施行時期内容
2024年2月Google/Yahoo: 大量送信者にSPF・DKIM・DMARC認証を義務化。ワンクリック解除を必須化
2024年4月Google: 未準拠メールの拒否開始
2024年11月Google: SMTP レベルでの完全拒否に格上げ
2025年5月Microsoft: 同様の措置に参加
2025年9月Gmail: Promotionsタブを関連度順に変更
2026年1月Gmail: Gemini AIによる受信トレイの全面刷新を発表

苦情率の上限0.1%という数字の意味を考えると、1,000通送って1人がスパム報告するだけでアウト。AI営業メールの大量送信は、送れば送るほどドメインの信用スコアが下がり、次のメールが届きにくくなる自滅構造になっている。

第2層: 各国の法規制(動き出している)

米国 — FCC(通話・SMS)

2024年2月、FCCはAI生成音声による電話を電話消費者保護法(TCPA)の規制対象と宣言した。2024年のニューハンプシャー州予備選挙でバイデン大統領の偽音声ロボコールが流された事件では、実行者に600万ドルの罰金、通信業者に100万ドルの罰金が科された。2024年7月、FCCはAI使用の明示的開示を義務化する追加規則を提案中。

これはメールではなく通話・SMSの規制だが、「AI生成の商業的コミュニケーション」への規制方向を明確に示している。

米国 — CAN-SPAM(メール)

CAN-SPAMはAI固有の条文を持たないが、AI生成メールであっても同じルールが適用される。正確な送信元表示、非欺瞞的な件名、物理的住所の記載、10営業日以内のオプトアウト対応。違反1通あたり最大53,088ドル(2025年調整額)。2024年8月、セキュリティカメラ企業Verkadaが3年間で3,000万通以上のオプトアウトなしメールを送信し、295万ドルの罰金を科された(CAN-SPAM過去最高額)。

EU — AI法(2026年8月施行)

EU AI法(2024年8月発効)は世界初の包括的AI規制法。第50条で、AI生成コンテンツへの表示義務を定めている。2026年8月2日までに企業は透明性要件に準拠する必要がある。「潜在意識に訴える操作的技法」の使用を禁止しており、AIによる過度なハイパーパーソナライゼーションもこれに該当する可能性がある。2025年12月に実施規範の第一次草案が公開された。

EU — GDPR(すでに効いている)

GDPRはすでにAI営業メールに影響を及ぼしている。2026年時点で、EUの規制当局はBtoBの営業メールにもオプトイン(事前同意)モデルを推し進めつつある。「正当利益(Legitimate Interest)」による免除は縮小傾向。フランスのOrangeが通常メールに広告を混ぜて同意なく送信した件で5,000万ユーロの罰金(2024年12月)。GDPR全体での罰金累計は58.8億ユーロ、2,245件の処分(2025年初頭時点)。

日本 — 特定電子メール法

2002年制定、2008年改正でオプトイン(事前同意)モデルを採用。AI固有の規定はない — AI生成メールも人間が書いたメールも同じルールが適用される。2025年6月に成立した「AI関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」は促進法であり、罰則を伴う規制法ではない。

第3層:「AIが書きました」表示義務 — まだない

2026年2月時点で、「営業メールがAIによって生成されたこと」を受信者に開示する義務がある国はどこにもない。ただし方向性は明確で、米国の州法(カリフォルニア、コロラド、コネチカット等)はAI開示義務を続々と制定しつつある。EUのAI法は2026年8月にAIコンテンツの表示要件が施行される。FCCは通話・SMSでのAI開示義務化を提案中。

「まだ義務ではないから大丈夫」は、「まだ捕まっていないから大丈夫」に近い。


それでも効くメールの共通条件

全部ダメなのかというと、そうでもない。データを見ると、全体平均が下がっている中で、上位パフォーマーは安定している

区分返信率出典
全体平均3.43%Instantly 2026
上位25%5.5%超Instantly 2026
トップパフォーマー10.7%超Instantly 2026
高度なパーソナライズ18%Martal Group

平均との差は3倍以上。何が違うのか。

条件1: 量ではなく精度

Instantlyのデータで、バウンス率は上位パフォーマーで2%未満、下位で12%超。リストの品質が全てを決めている。上位は送信数が少なく、精度が高い。1通目で返信の58%が生まれている。

個人ブログ「AI Cold Email Is Killing Cold Email」(Rui Nunes、2025年)の分析は明快: 「AIでパーソナライズしたつもりのメールは、手作業でターゲティングしたメールの13分の1の返信率しかない」。パーソナライズ(件名に名前を入れる等)とターゲティング(その人に送る理由がある)は別物。

条件2: AIに書かせて人間が仕上げる

Oisix ra daichi(オイシックス)のエンジニアリングブログ(2025年3月)は、5万回のA/Bテストの結果を公開している。AI生成メールニュースレターは人間作成のものに対してCVR(購入転換率)が約2倍。作成時間は月133時間、校正時間は月200時間削減された。

ただしこれはコールドメールではなく、既存顧客向けのニュースレター。そして重要なのは、AIが全自動で書いているのではなく、景品表示法・薬機法のコンプライアンスチェックをAIに組み込み、人間が最終確認していること。

AI経営総合研究所の報告でも、SaaS企業がAI営業メールで返信率1.8倍を達成するまでに3-6ヶ月のPDCAサイクルを要している。「AIにメール書かせてボタン押す」ではなく「AIに下書きを書かせて人間が直す」→「AIの傾向を観察して精度を上げる」→「3ヶ月かけて調整する」の過程が必要。

条件3: 1通目が勝負

Instantlyのベンチマークで、最も効果の高い初回メールは80語以内。短く、具体的で、「あなたに送る理由がある」が伝わるもの。甘い推奨や一般論はフィルタの餌食になる。

効くメール vs 効かないメール: 見分け方チェックリスト

チェック項目効くメール効かないメール
送る相手に理由があるかその人の具体的な課題が特定できているリストの上から順に送っている
1通目の長さ80語以内長文の自社紹介
パーソナライズの深さ相手の業界・課題に具体的に言及「{{FirstName}}様」で名前を入れただけ
人間の仕上げ下書きをAIに書かせ、人間が調整AI生成を無修正で送信
送信量少量×高精度大量×低精度
ドメインの管理バウンス率2%未満、苦情率0.1%未満を監視送りっぱなし
フォローアップ4-7回の接触を設計1通で諦めるか、毎日送る
配信曜日水曜日(ベンチマーク最適)月曜朝(大量のメールに埋もれる)

この調査から見えたこと

営業メールの世界で起きていることは、一言で言うと**「AI同士の果たし合いに人間が巻き込まれている」**構造。

送る側がAIでメールを大量に生成し、受ける側のAIがそれを静かに埋没させ、送る側のダッシュボードには「届いた」「開封された」と表示されるが、実際には人間の目に触れていない。全員が合理的に行動した結果、全体としては滑稽な循環が出来上がっている。しかもプレーヤー全員がクソ真面目。

返信率が8.5%から3.43%に半減した7年間は、AI営業メールが普及した7年間とほぼ重なる。相関は因果ではないが、少なくとも「AIでメールを書けば営業が楽になる」という単純な期待は、データが否定している。

唯一明確なのは、量で勝つゲームは終わったということ。上位パフォーマー(返信率10.7%超)と全体平均(3.43%)の差は3倍。その差を生んでいるのは、送信量ではなく「誰に、なぜ送るか」の精度と、「AIの下書きを人間が仕上げる」プロセス。

規制の包囲網も閉じつつある。プラットフォーム(Google/Yahoo/Microsoft)の事実上の規制はすでに動いており、EU AI法の表示義務は2026年8月に施行される。「AIが書きました」表示の法的義務はまだどの国にもないが、そうなったとき慌てる側にいるか、すでに対応している側にいるかの差は大きい。

日本はこのサイクルの入口にいる。AI営業メールの洪水が来る前に、英語圏で起きている「送った先の現実」を知っておくのは、攻める側にとっても守る側にとっても意味があると思う。


定量データまとめ

指標データ出典
コールドメール返信率(2026年平均)3.43%Instantly
返信率(2019年)8.5%Backlinko
開封率の下落(2023→2024)36% → 27.7%Martal Group
開封率のうちボット比率73.11%がApple MPP経由Validity
受信トレイ内でAIが優先度を下げる割合最大40%Folderly
メールが完全消失する割合6.4%MailSoar
スパムメールのAI生成比率51%(2025年4月)Columbia大/Barracuda
1日の世界メール総数3,764億通(2025年)SaneBox
1商談に必要なタッチ数18回(数年前は5-7回)Martal / Sales So
11x 初期顧客離脱率70-80%TechCrunch
CAN-SPAM違反1通あたりの罰金上限$53,088FTC
Verkada CAN-SPAM罰金額$295万FTC
FCC AI偽音声ロボコール罰金$600万FCC
GDPR罰金累計58.8億ユーロ複数ソース
日本企業の生成AI積極活用率25.2%東京商工リサーチ(n=6,645)
日本の営業AI利用者のメール作成使用率56.85%Hammock(n=1,000)
Oisix A/BテストでのAI CVR人間比約2倍Oisix エンジニアリングブログ
上位パフォーマーの返信率10.7%超Instantly

この記事を読んだ上での注意点

この記事はAI営業メールの「送る側と受ける側」に焦点を当てていますが、営業AIの問題はメールだけではありません。関連する記事も参考にしてみてください。


調査カード

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📋 調査カード
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調査日:2026-02-23
調査ソース:
  学術論文 2件 / 法律事務所分析 5件 /
  調査報道 3件 / プラットフォーム公式 3件 /
  ベンチマーク調査 3件 / メディア記事 12件 /
  note.com体験記 5件 / 日本語調査 3件 /
  個人ブログ・分析 6件 / その他 27件
ソースの言語:英語 45件超 / 日本語 15件
地域・前提:US中心。メール配信データは英語圏のBtoB SaaS営業が多め。
  日本市場のデータは東京商工リサーチ・Hammock調査に依存
情報の鮮度:2024年2月〜2026年2月の公開情報が中心

ソース偏りチェック:
  ✓ 英語・日本語 各10件以上
  ✓ 成功と失敗の両面データあり
  ✓ 学術論文を含む(Columbia大AIスパム研究、ACM AI検出論文)
  ✓ 法的分析を含む(Perkins Coie、Cooley、Seyfarth Shaw等)
  ✓ 調査報道を含む(TechCrunch 11x/Artisan調査)
  ✓ 受信者側の視点を含む(東洋経済、KDDI、note受信側体験記)
  △ Reddit直接検索は未実施(ウェブ経由のみ)
  △ 日本語のコールドメール定量失敗データは見つからなかった

反対意見・異論:
  「コールドメールは死んでいない。上位パフォーマーは10.7%超の返信率を出している」
  という見方があり、Instantlyのデータがこれを裏付けている。また、Oisixの5万回
  A/Bテスト(CVR 2倍)が示すように、適切に実装されたAIメールは効果がある。
  問題は「AIでメールを書くこと」自体ではなく、「AIで大量に送ること」にある
  とも言える。「AI営業メールの質が問題なのではなく、量が問題なのだ」という
  主張は一定の説得力がある。

調べきれなかったこと:
  - Reddit(r/sales等)でのAI営業メールに関するユーザー体験談の直接収集
  - 日本企業のコールドメール返信率の定量推移データ
  - Gmail Geminiの受信トレイ刷新がコールドメール到達率に与えた
    影響の定量データ(まだ展開初期のため)
  - Apple Mail Intelligenceのフィルタリングが営業メールに
    与えている具体的な影響データ
  - LinkedIn上のAI営業メッセージの効果・反応データ(LinkedInは0.5%
    のコンバージョン率のみで、AI活用有無の比較がない)

私の仮説(暫定):
  AI営業メールの問題は、メールの品質ではなく、構造にあると現時点では
  考えている。送信コストが限りなくゼロに近づいた結果、全員が大量に送り、
  受信側がAIで防御し、返信率が下がり、さらに大量に送る — という悪循環が
  回っている。この構造は「AIが良くなれば解決する」類のものではなく、
  むしろAIが良くなるほど加速する。
  打開策は「もっと良いAIで書く」ではなく「送る理由がある人にだけ送る」
  という、AIが登場する前から変わらない原則に戻ることだと思う。ただし、
  これは「AIを使うな」という意味ではない。精度を上げるためにAIを使う
  (リサーチ、タイミング判定、下書き)ことと、量を増やすためにAIを使う
  (大量生成、一斉送信)ことは、正反対の戦略であり、データは前者を支持している。
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出典

英語圏

日本語圏


免責

※ 個人の自由研究として調べてまとめています。特定のAIツールやメール配信サービスの推薦・非推薦を目的としたものではありません。 ※ 最終判断の前に、必ず一次情報をご確認ください。

AI活用について

この自由研究では、情報収集と整理の補助にAIを活用しています。 ただし、最終的な確認・記述・公開判断は人間が行っています。 重要な判断は、必ず一次情報で確認してください。