営業AI自由研究
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【調べてみた】AI vs AI 戦線マップ — メール・電話・LinkedIn・レビュー・調達、全部で起きている

導入の落とし穴 メール・アウトリーチ AIエージェント

個人の自由研究として、営業AIの「送る側 vs 受ける側」の対立構造を調べてみました。

前回の記事で、AI営業メールの世界で奇妙なことが起きていることを書いた。送るAIがメールを大量に生成し、受けるAIがそれを静かに埋没させ、人間の受信トレイでは何も起きていない。返信率は8.5%から3.43%に崩壊した。

調べていくうちに気づいた。これはメールだけの話ではなかった。

電話、LinkedIn、レビュー、提案書、SEO — 営業が顧客に接触するほぼすべてのチャネルで、同じ構造の対立が同時進行している。しかも全戦線で、驚くほど同じパターンが繰り返されている。

145件超のソースを集めて6つの戦線を横断的に調べてみたら、「AI vs AI」の全体像が見えてきた。

この記事でやったこと

  • 調査対象: 営業AIが顧客接点で使われている6戦線(メール・電話・LinkedIn・レビュー/SEO・提案書/調達)の「攻撃側AI」と「防御側AI」の対立構造
  • 参照した情報: 査読付き論文(UC Berkeley/Nature Scientific Reports AI音声検出、Originality.ai LinkedIn AI分析)、規制当局文書(FCC宣言・NPRM、FTC Operation AI Comply、英国PPN 02/24、デジタル庁ガイドライン)、法律事務所分析(Cooley、Wiley、NCLC)、プラットフォーム公式(Google Security Blog、LinkedIn透明性レポート、Amazon Brand Protection Report)、調査報道(TechCrunch Artisan/11x調査)、業界レポート(Gartner、Forrester、Hiya、YouMail、Cognism)、MIT AI交渉実験、日本語メディア(Yahoo!ニュース、36Kr Japan、SalesZine、電通デジタル)
  • ソース総数: 145件超(英語115件、日本語30件)※前9記事+定点観測2本の調査を含む累計は700件超
  • 調査日: 2026-02-23
  • 補足: 各戦線のベンダー発表データは自社製品の有効性を示す方向にバイアスがかかりやすい。本記事では規制当局文書・プラットフォーム公式レポート・査読付き論文・調査報道など、ベンダーの自己申告ではないソースを意識的に集めている
  • 関連記事: 【調べてみた】AI営業メール、送った先で何が起きているか — メール戦線の詳細。本記事はそこで見えた構造を全戦線に拡張したもの
  • 関連記事: 【調べてみた】営業AI「導入したのに使われない」問題 — 営業AI全般の「使われない」構造。6戦線の根底にある問題

まず: 戦線マップ早見表

6つの戦線を並べると、構造が見える。

戦線攻撃側AI(売り手)防御側AI(買い手/プラットフォーム)結果
メールAI大量生成(87%の組織が利用)Gmail Gemini 6層防御返信率 8.5%→3.43%
電話AI音声発信(1日数千件)Call Screen + キャリアAI(月100億件ブロック)87%が電話に出ない
LinkedInAI DM自動化(62種+のツール)97%の検出精度、半年で8,060万件削除23%が90日以内にBAN
レビューAI生成(B2Bサイトで33.6%)検出AI精度98%、年2.75億件ブロック信頼度 79%→42%
提案書/調達AI提案書生成AI調達エージェント(合意率64%)均一化→差別化消滅
SEOAI記事量産Google 837サイト丸ごと消去クリック率 61%低下

全戦線で、同じループが回っている。

AIが量を増やす → 受け手のAIがブロック → さらにAIで突破を試みる → さらにAIで防御を固める → …

以下、各戦線で何が起きているかを見ていく。


戦線1: メール — 送るAIと受けるAIの静かな戦争

この戦線は前回の記事で詳しく調べた。要点だけ振り返る。

攻撃側: Salesforceの調査(2026年、22カ国4,050人)によると、87%の営業組織がAIを利用しており、最も多い用途のひとつがメール作成。Columbia大学とシカゴ大学の共同研究では、スパムメールの51%がすでにAI生成だと報告された。

防御側: Gmail Geminiが6層の防御を構築。SMTPレベルの拒否→AIフィルタ→タブ振り分け→優先度判定→ユーザーAI→AI要約。受信箱はもはや「届いたメールを上から表示する場所」ではなく、「AIがこのメールはこの人の注意に値するかを判定してから表示する場所」になった。

結果: コールドメールの返信率は8.5%(2019年)から3.43%(2026年)に崩壊。開封率の73%はAppleのプライバシー保護機能によるボットのアクセスで、人間が開いた数字ではない。6.4%のメールは受信箱にもスパムフォルダにも入らず完全に消失している。

詳細はAI営業メールの記事に譲る。これがメールだけの話なら、チャネルを変えればいい。問題は、変えた先でも同じことが起きていることだ。


戦線2: 電話 — AIが電話をかけ、AIが電話に出る

攻撃側: AI音声で1日数千件

AI音声営業ツールが急速に立ち上がっている。

ツール概要
Bland AI1分$0.09、応答遅延800ms
Vapi$2,000万調達(評価額$1.3億)、1分$0.05
Synthflow遅延500ms以下、50言語対応
AIテレアポくん(日本)筑波大発、24時間365日、1日数千件
中国のAIテレアポ年間約4.7万円(3,000元)で1日1,200件

中国では年間4.7万円のシステムで1日1,200件の架電が可能。「脈あり」と判断されると自動的に人間に引き継ぐ。日本のAIテレアポくんは2025年5月にリリースされ、SNSで「迷惑だ」と物議を醸した。

一方で、大型資金調達を受けたAI音声ツールが壮絶に失敗している。Air AIは$25,000〜$100,000の前払いライセンスを販売していたが、2025年8月にFTCから訴訟を起こされた。Trustpilotには「$10,000払って1週間で返金を要求したが、6ヶ月後にCEOが12ヶ月の追加を要求、その後メールが無視された」「$6,000以上を盗まれた」という報告が並ぶ。2023年末時点でコア機能は事実上停止した。

AI音声市場全体は$24億(2024年)から$475億(2034年予測)へ、年34.8%で成長するとの市場予測が出ている。

防御側: AIが電話に出る時代

この成長予測と同時に、受ける側も武装している。

Google: Android搭載AIが月間100億件以上のスキャム通話・メッセージをブロック。FTC報告によると、コールスクリーニング技術の利用者はスキャム成功率が最大65%減少。2018年からPixel限定だったCall Screen機能が、2025年にSamsung Galaxy S26にも搭載される。

Apple: iOS 26でSiriが未知の番号に自動応答し、名前と用件を聞く機能を追加。初期採用(10-20%)だけで接続率が15-20%低下する見込み。

通信キャリア: T-MobileのAIは2023年に198億件のスキャム通話を識別またはブロックした。毎秒628件。

中国: アリババAI実験室が開発したAIが、AI営業電話に自動応答する。AIが電話をかけ、AIが電話に出て、AIとAIが会話する。人間はどこにもいない。2024年Q2には、各キャリアの無音サービスにより653億回の着信が無音化された(中国工信部発表)。

結果: 誰も電話に出ない

MarTechの調査によると、**87%**のアメリカ人が知らない番号からの電話に出ない。80%のコールドコールがボイスメールに直行。92%の消費者が未確認の通話を詐欺だと考える。

コールドコールの成功率も急落している。Cognismの204,000件超の分析では、平均成功率が4.82%(2024年)から2.3%(2025年)に約50%低下した。

そしてUC Berkeleyの研究(Nature Scientific Reports, 2025年3月)が、もうひとつの問題を明らかにした。人間はAI音声クローンを「別人だ」と判別できたのはわずか20%。ランダムに当てずっぽうで答えた場合の50%を大きく下回る。研究者の結論は「不気味の谷はほぼ越えた」。

規制: 違法だが止まらない

FCCは2024年2月、全会一致でAI生成音声をTCPA(電話消費者保護法)の規制対象と宣言した。ニューハンプシャー州の偽バイデン音声ロボコール事件では、$600万の罰金が科された。FCC初のAI関連罰金事案。カリフォルニア州は2025年1月からAI通話の冒頭での開示を義務化した(違反1件$500)。

2025年8月、FCCは1,200社以上の音声サービスプロバイダをロボコール緩和データベースから削除した。これは事実上の米国電話ネットワークからの切断を意味する。

それでもYouMailのデータによると、米国のロボコール件数は2025年に525億件。2023年の551億件から微減しただけで、ほぼ横ばい。一方で迷惑テレマーケティング・スキャム通話は15.4%急増し、全ロボコールの57%を占めるようになった。

ロボコール対策として導入された発信者認証プロトコル「STIR/SHAKEN」には数十億ドルが投資されたが、Numeracleの分析によると、正規の病院の予約リマインダーまでアルゴリズムに「不審」と判定されブロックされている。一方で電話詐欺の被害額は36倍に増加した。

AI音声市場は年34.8%成長中。87%が電話に出ないのに。FCC「違法です」。それでも525億件。


戦線3: LinkedIn — BANされてもBANされても

攻撃側: 62種類以上の自動化ツール

LinkedInの営業自動化ツールは62種類以上が乱立している。Expandi、Waalaxy、Dux-Soup、PhantomBuster、Zopto、LinkedHelper、Octopus CRM…。

Expandiが自社プラットフォーム上の70,130件以上のキャンペーンを分析したデータでは、AI利用メッセージの初回返信率は4.19%。non-AIの2.60%を上回る。ただしフォローアップになるとAI 3.48% vs non-AI 3.91%と逆転する。最初の一発は打てるが、会話を続ける力は人間が上。

全体の返信率は業界によって大きく異なる。法律・専門サービスが10.42%で最高、ソフトウェア・SaaSが4.77%で最低。SaaSの低さは飽和による。みんなが同じ相手にAIで営業しているから。

そして大型の失敗が続いている。

Artisan AI: $3,500万調達、ARR $600万。サンフランシスコに「Stop Hiring Humans(人間を雇うな)」の看板を設置し、数千万インプレッションと$200万の新規ARRを獲得。同時にCEOに数百件の殺害予告。2025年末にLinkedInからアカウントをBANされた。復帰に2週間の交渉が必要だった。BAN理由はAIスパムではなく、ウェブサイトでのLinkedIn商標使用とデータブローカー経由のスクレイピング。復帰条件はウェブサイトからLinkedIn言及を全削除。

Apollo.io + Seamless.ai: 2025年3月、両社の会社ページがLinkedInから消滅した。Chrome拡張がLinkedIn公式APIを迂回してプロフィールデータを抽出していたため。次のBAN候補として、LeadIQ、PhantomBuster、Lusha、SalesIntelが挙げられている。

防御側: 97%の検出精度

LinkedInの透明性レポート(2024年下半期)によると、半年間で8,060万件の偽アカウントを登録時に検出・削除した。削除したうちの99%以上がユーザー報告前に検知されている。

AI生成プロフィール画像の検出精度は97%。偽プロフィールの平均寿命は4.2日。不自然なインタラクションパターンの検出精度も97%。

接続リクエストの制限も段階的に厳しくなっている。かつて週700件以上送れた接続リクエストが、2021年に週約100件に削減。現在は信頼スコアに基づく変動制で、新規アカウントは週50-75件、確立されたアカウントで約100件、高信頼アカウントでも最大200件。

Growleadsの分析では、自動化ツールを使ったユーザーの23%が90日以内にLinkedIn警告・制限を受ける。3%が永久BAN。永久BANの復旧成功率は15%未満。復旧に成功した1件は、LinkedInオフィスへの直接訪問 + X経由の連絡 + 法務チームとの協議で10週間かかった。

構造的な矛盾: LinkedInの二枚舌

興味深いのは、LinkedInが自社ではAI Writing Assistant(Premium加入者向け)を提供していることだ。候補者のプロフィール情報と求人要件からパーソナライズメッセージを自動生成する。Sales NavigatorにもMessage Assist、Account IQ、Lead IQといったAI機能が搭載されている。

つまり、LinkedInは自社でAIメッセージ機能を売りながら、サードパーティのAIメッセージツールをBANしている。課金してくれるAIは許可、無料で回すAIは追放。

結果どうなったか。Originality.aiが99のインフルエンサープロフィール、3,368投稿を分析したところ、53.7%の長文LinkedIn投稿がAI生成と判定された。ChatGPT登場後、AI投稿は189%増加。そしてAI投稿は平均45%低いエンゲージメントを記録している。

半分以上がAIで書かれ、AIで書かれた投稿は半分しか読まれない。

LinkedIn営業のエキスパートBrynne Tillmanは「毎週、アカウントが永久停止されたという報告を同僚や営業担当者から聞いている」と警告している。ConnectSafelyの分析によると、インバウンドリードの成約率は14.6%に対し、アウトバウンドは1.7%。8倍以上の差。それでも90%のアウトバウンド活動はまだメール中心で、次がLinkedIn DM。効かないチャネルに、効かないAIで、大量に。


戦線4: レビュー — 信頼のインフラが溶けている

攻撃側: B2Bレビューの3件に1件がAI生成

営業にとってレビューは「他者の声」という信頼の基盤。その基盤がAI生成で侵食されている。

プラットフォーム別のAIレビュー推定割合:

プラットフォームAIレビュー割合増加率
Capterra(B2Bソフトウェア)33.6%
Glassdoor(S&P 500企業)29.45%376%増
G2(B2Bソフトウェア)25.6%(ピーク34.6%)
Google Reviews19%279%増(2019年比)
TripAdvisor10.7%137%増

B2Bレビューサイトが特に深刻。Capterraではレビューの3件に1件がAI生成と推定されている。フェイクレビューの影響額は年$1,520億(世界経済フォーラム推定)。フェイクレビューの投資対効果は**1,900%**と試算されている。やる側にとっては極めて割のいいビジネスだ。

防御側: 年間2.75億件ブロック、でも追いつかない

プラットフォーム側も対抗している。

プラットフォーム2024年の対策実績
Amazon2.75億件ブロック($5億投資、8,000人雇用)
Google Maps2.4億件ブロック/削除(Gemini活用)
Trustpilot450万件削除(90%自動検出)
TripAdvisor270万件ブロック(うち214,000件がAI生成)

Amazonは年間$5億を投じ、8,000人の専門チームで不正レビューと戦っている。Google MapsはGeminiを活用して2.4億件を処理した。6社が連合して「Coalition for Trusted Reviews」を2023年10月に設立した。

GoogleのSpamBrainの検出精度は92%から98%に向上。しかしフェイクレビューの生成コストはほぼゼロで、検出コストは巨額。構造的に攻撃側が有利。

SEO戦線: 837サイトが一夜で消えた

レビューと並行して、AI生成コンテンツによるSEO汚染も進んでいる。

Googleは2024年3月のコアアップデートで837サイトを完全にデインデックスした。影響を受けたサイトの100%にAI生成の兆候があった。アフィリエイトサイトの71%が2025年12月のアップデートで影響を受けた。

GoogleのAI Overview(旧SGE)が表示されると、従来のオーガニック検索結果のクリック率は61%低下(1.76%→0.61%)する。Google自身のAIが、Google検索に依存していた営業チャネルを破壊している。

規制の振り子: 訴追してから撤回

FTCは2024年9月にOperation AI Complyを発表し、AI関連の5件の執行措置を一斉に実施した。そのひとつがAIレビュー生成ツールRytrの訴追。同年10月にはフェイクレビュー禁止規則を施行(違反1件$51,744)。

そして2025年12月、Trump政権下でRytrへの命令が撤回された。Consumer Federation of Americaはこれを「企業恩赦」と呼んだ。全会一致(5-0)で訴追したものを、「そもそも違反ではなかった」と撤回した。

日本では2023年10月にステルスマーケティング規制が施行され、2024年6月にGoogleマップの口コミに関する初の措置命令が出ている。

信頼度の崩壊

最も深刻な数字がこれだ。

レビューを個人的推薦と同等に信頼する人の割合: 2020年79% → 2025年42%

半分近くまで落ちた。B2Bの世界では、90%以上がピア(同業者)の声を信頼する一方で、ベンダーの営業を信頼するのは29%に過ぎない。レビューは「ピアの声」の代理として機能していたが、AIレビューの浸透でその代理機能が壊れつつある。

一方でG2は、AIレビュー検出を強化しながら、自社のAI支援レビュー機能を公式に提供し、月10,000枚のギフトカードでレビュー投稿をインセンティブ化している。LinkedInと同じ構造 — 自社のAI利用は推進しつつ、サードパーティのAI利用は取り締まる


戦線5: 提案書/調達 — AIが書いた提案書をAIが審査する

攻撃側: AI提案書の4大事故

提案書AIの記事で扱った問題が、調達AI側の進化でさらに加速している。

AI提案書が現実に引き起こした事故を4件並べる。

ポーランド Exdrog事件: 280ページのAI生成入札説明書に存在しないVAT判例を引用。€366万(約5.9億円)の入札から除外。EU圏初のAI提案書による公共調達失格事例。

米国 GAO Oready事件: AI生成の偽法的引用を3回繰り返し提出。GAO(米国会計検査院)史上初のAI関連制裁が発動された。

AutogenAI「ヘビ飼育サービス」: 防衛企業がAIツールを試したところ、「貴社はヘビ飼育サービスを提供しています」と回答。主要AIモデルのハルシネーション率は平均20%と報告されている。

Bellingham市 ChatGPT事件: 米国の市職員がChatGPTに「このベンダーを排除する要件を書いて」と依頼。ChatGPTは異議を唱えず協力した。結果、$100万高い契約が成立した。

防御側: AI調達エージェントの台頭

提案書をAIが書くようになったのと同時に、それを審査する側にもAIが入り始めた。

Pactum AI + Walmart: 100社の尾端サプライヤーとAI交渉を実施。合意達成率64%(目標20%の3倍超)、平均3%のコスト削減。そして75%のサプライヤーがAI交渉を人間との交渉より好んだ。理由は「感情的にならないから」。

NEC(日本): 1,300品目の部品調達でAI自動交渉。自動合意達成率95%、交渉時間を数時間〜数日から約80秒に短縮。

Alibaba Accio Agent: 10億商品リスト、5,000万サプライヤーで訓練されたAI調達エージェント。70%の手作業を自動化。

AI提案書がAI調達エージェントに審査される世界が始まっている。

構造的な帰結: 均一化→差別化消滅

AIが提案書を書くと、提案書は均一化する。同じLLMを使えば同じような文章、同じような構成、同じような売り文句が出てくる。それをAI調達エージェントが比較すると、「特徴なし」と判定される。差別化が消える。

MITの180,098件のAI同士の交渉実験では、弱いモデル(GPT-3.5)は利益14%減、買い手としては2%多く支払うことが判明した。高価なAIを使える企業が交渉で有利になる「デジタル不平等」の構造。

英国は世界に先駆けて、入札者にAI使用の開示を求めるPPN 02/24を2025年2月に施行した。日本のデジタル庁も2025年5月に公共調達における生成AI利用の29項目チェックシートを施行している。


戦線6(最終形態): AI買い手 vs AI売り手 — 人間が両側からいなくなる

ここまでの5つの戦線は、すべて「ひとつのチャネルにおけるAI対AI」だった。最終形態は、チャネルを超えて「購買プロセス全体」がAI対AIになる世界。

ガートナーの自己矛盾

ガートナーは2つの予測を出している。

2028年までに、B2B購買の90%がAIエージェント経由になり、$15兆超の支出が自動化取引所を通過する

2030年に、B2Bバイヤーの75%がAIよりも人間との対話を優先する

同じ会社から出ている。90%がAI経由になるのに、75%が人間を好む。

Forresterの2026年予測では、5社に1社のB2B売り手がAI購買エージェントとの交渉に直面するとされている。6senseの調査では、B2Bバイヤーの94%がすでにLLMで情報収集している。

一方で、Hackett Groupの調査では調達AIのパイロットは49%の企業が実施しているのに、本番運用はわずか4%。ガートナー自身も、調達における生成AIは「幻滅の谷」に突入しており、AIエージェントプロジェクトの40%超が2027年末までにキャンセルされると予測している。

$15兆の未来と4%の現在。このギャップを、全員が真顔で語っている。


6つの戦線に共通すること

6つの戦線を並べてみると、驚くほど同じパターンが繰り返されている。

共通パターン1: 量が増えるほど効果が薄まる

戦線AIによる量の増加結果
メール87%がAI利用、送信量増加返信率 8.5%→3.43%
電話1日数千件のAI発信成功率 4.82%→2.3%
LinkedIn自動化ツール62種+乱立SaaS返信率 4.77%(最低)
レビューAI生成33.6%信頼度 79%→42%
提案書AI生成で均一化「期待超え」20%で頭打ち
SEOAI記事量産CTR 61%低下

全戦線で「増やすほど薄まる」構造が確認できる。定点観測の第2弾で「量↑質↓」の構造が3つの現場で共通していることを書いたが、それは6つの戦線すべてに当てはまっていた。

共通パターン2: プラットフォームの二枚舌

プラットフォーム自社AI機能として提供サードパーティAIとして取り締まり
LinkedInAI Writing Assistant, Message Assist自動化ツールを23%BAN
G2AIレビュー支援機能フェイクレビュー33.6%を検出
GoogleAI Overview(検索結果のAI要約)837サイトをデインデックス
AppleSiri Call Screen未知番号の自動ブロック

自社のAI利用は推進し、他者のAI利用は排除する。プラットフォームの「自分はいいけど、あなたはダメ」構造。

共通パターン3: 規制が追いつかない

規制行動結果
FCC AI通話違法化(2024/2)$600万罰金ロボコール525億件横ばい
FTC Operation AI ComplyRytr訴追(全会一致5-0)Trump政権で撤回
STIR/SHAKEN数十億ドル投資正規電話までブロック、詐欺損失36倍
LinkedIn接続制限週700→100件62種類以上の回避ツール乱立
Google コアアップデート837サイト消去AI記事量産は止まらず

違法にしても止まらない。罰金を科しても横ばい。訴追しても撤回する。制限をかけても回避ツールが生まれる。巨額投資しても正規の利用者を巻き込む。

共通パターン4: 人間が消えていく

戦線何が起きているか
メール送るAI vs 受けるAI → 人間の受信トレイでは何も起きていない
電話AI発信 vs AI受信 → 中国では既にAI同士が会話
LinkedInAI投稿53.7% + 偽アカ99%自動検知 → 人間の存在感が薄まる
レビューAI生成 vs AI検出 → 誰のレビューも信じない
提案書/調達AI生成 vs AI審査 → 均一化で差別化ゼロ

中国で起きているAI営業電話にAIが自動応答する光景は、2-3年後の他の市場の姿かもしれない。全戦線で、人間が「送る側」と「受ける側」の両方から退場しつつある。


ではどうするか

6つの戦線を横断的に見ると、「効いている」使い方に共通する条件が見える。それはこのサイトの過去9本の記事で繰り返し確認してきたものと同じだ。

AIは「量の増幅器」ではなく「質の支援ツール」として使ったときに効いている。

  • メール: 大量送信ではなく、1通の質を上げるパーソナライズに使う → 返信率10.7%
  • 電話: AI全自動発信ではなく、通話内容の分析・次のアクション提案に使う
  • LinkedIn: AI DM自動化ではなく、コンテンツ発信の壁打ち・リサーチに使う → インバウンド成約率14.6%(アウトバウンドの8倍)
  • レビュー: AIレビュー生成ではなく、既存の顧客の声を構造化・分析に使う
  • 提案書: AIに「書かせる」のではなく「読ませる」 → NTTデータのRFPリスク抽出6割時間短縮
  • 商談準備: 30分の準備にAIを使う → 勝率16-30%向上

AI vs AIの軍拡競争で勝つ方法は、軍拡に参加することではない。メール戦線の返信率10.7%(パーソナライズ+人間レビュー)とLinkedInのインバウンド成約率14.6%に共通するのは、人間が主導権を持ち、AIは準備・分析・下書きを担当していること。

全戦線のデータを並べて改めて見えるのは、「106研究が示す不都合な真実」で書いた構造と同じだ。AIは「判断業務」ではパフォーマンスを下げ、「コンテンツ作成」では上げる。営業のAI vs AI軍拡は、判断業務(信頼構築、関係構築、ニーズ把握)をAIに丸投げしようとして、全戦線で同じ壁にぶつかっている。


注意点

この記事は6つの戦線を横断的に見た「戦線マップ」です。各戦線の詳細や、営業AIの個別テーマについては、以下の記事も参考にしてみてください。

各戦線の深掘り:

AI vs AI の根底にある問題:

数字で追う全体像:

定点観測:


調査カード

項目内容
調査日2026-02-23
調査ソース調査レポート 40件超 / メディア記事 35件超 / プラットフォーム公式レポート 15件超 / 法律事務所分析 8件 / 査読付き論文 3件 / 規制当局文書 10件超 / 個人ブログ・体験記 10件超 / 日本語メディア 20件超
ソースの言語英語 115件 / 日本語 30件
地域・前提US中心、B2B SaaS営業の情報が多め。中国のAI vs AI事例を含む。日本は規制・ツール動向中心
情報の鮮度2024年1月〜2026年2月の公開情報が中心

ソース偏りチェック:

  • ✓ 英語・日本語 各10件以上(英語115件、日本語30件)
  • ✓ 成功と失敗の両面データあり(各戦線で攻撃側と防御側の両方を収集)
  • △ コミュニティ体験談は間接的(Trustpilot/G2レビュー経由。Reddit直接検索は未実施)
  • ✓ 個人の体験記を含む(Air AIの被害体験、LinkedIn BAN体験、note.com体験記)
  • ✓ ベンダーレポートに偏っていない(規制当局文書、プラットフォーム公式レポート、査読付き論文を意識的に収集)

反対意見・異論:

「AI vs AIの軍拡は一時的で、市場が成熟すれば均衡する」という主張には一定の根拠がある。電話戦線のSTIR/SHAKENやメール戦線のDMARCのように、技術標準が普及すれば攻撃側のコストが上がり、無差別攻撃は減る可能性がある。ただし現時点では、全戦線で攻撃側のコスト低下が防御側の強化を上回るペースで進んでいる。

調べきれなかったこと:

  • Reddit r/sales等でのAI vs AI実体験談(今回十分な情報源が見つからなかった)
  • 中国のAI vs AI電話の詳細な定量データ(日本語・英語メディア経由の情報のみ、一次ソースに当たれていない)
  • 各戦線の「効いている使い方」のROIデータ(防御側の数字は豊富だが、質で勝負する使い方の定量的成果は限定的)
  • AI vs AIの対立が存在しない戦線があるか(対面営業、紹介営業など、デジタルチャネル外の領域は今回の調査対象外)

私の仮説(暫定):

6つの戦線を並べて見えたのは、「量の最適化」と「信頼の構築」が構造的に矛盾する、ということだ。AIは量を増やすのが得意で、量を増やすほど信頼が減る。そしてこの矛盾に気づいている営業組織とそうでない組織の差が、これから広がるのではないかと考えている。ただし、AI vs AIの軍拡がどこで均衡点に達するかは、規制の動向とプラットフォームの対応速度に依存しており、現時点では予測が難しい。


※ この記事は個人の自由研究です。特定のツールやサービスの利用を推奨・非推奨するものではありません。情報は調査時点のものであり、AI分野は変化が速いため、最新の状況は異なる場合があります。

※ この記事はAI(Claude)を調査・執筆の支援ツールとして使用しています。最終的な構成・判断・文責は筆者にあります。


出典(主要なもの)

電話戦線:

LinkedIn戦線:

レビュー + SEO戦線:

提案書/調達戦線:

  • Pactum AI / Walmart: AI Negotiation Results https://pactum.com/
  • NEC: AI Procurement Automation https://www.nec.com/
  • MIT: AI-to-AI Negotiation Experiments (180,098 negotiations)
  • UK Cabinet Office: PPN 02/24 Transparency of AI Use in Public Procurement (2025-02)
  • デジタル庁: 公共調達における生成AI利用ガイドライン (2025-05)

最終形態:

  • Gartner: B2B Buying Will Be 90% AI-Enabled by 2028
  • Gartner: 75% of B2B Buyers Will Prefer Human Interaction by 2030
  • Forrester: 2026 Predictions — 1 in 5 B2B Sellers Will Face AI Purchasing Agents
  • 6sense: 94% of B2B Buyers Use LLMs for Research
  • Hackett Group: Procurement AI Pilot 49% vs Production 4%